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| 高 浜 町 |
| 国道27号を走って京都府舞鶴市にほど近い、福井県の境の地名である.ここは青郷(せいきょう)と呼ばれているが、JR駅は青ノ郷(あおのごう)である。青葉山の周辺にあった集落を、昔の人々は青ノ郷と呼び、その中心が青里(あおのさと)である。 |
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| 近くには青梅神社があり、また、海人大綿津見(おおわたつみ)・椎根津彦命(しいねつひこのみこと)・飯豊皇女(いいとよのみこ)など、第17代履中天皇(400〜405年)の皇女が禊(みそぎ)をしたと伝えられる池がある.またかつて、奈良のお水取りの際に、二月堂を建立した人々の名を読み終えたとき、自分の名が読まれなかったという青い衣の姿の人があったと伝えられるが、その人こそ、飯豊青皇女と思われる。 |
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| 書物に出てくるものには、青・阿哀・阿遠・阿尾・阿桑・粟生・阿乎、また手城宮跡出土木簡には青ノ郷青呈・青保と記入されている.また、『和名抄』では、阿桑・阿乎郷となっている。現代では青色と緑色は区別されているが、古代は空も、山も、海も、青と読んだかもしれない.近くには青戸入り江があり、多くの古墳がある.古代では青里も海の入り江で、青というのは聖地を意味していたのではないか.また、古代の色を表す用語は赤黒白青くらいで、明(あか)暗(くろ)顕(しろ)漠(あお)という光に対する感覚が語源であり、特に青は、白に近い色から黒に近い色までの漠然とした色の総称であったという.湿地や水辺、海岸や海辺などを示す。 |
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| 国道27号線の青交差点 |
| ◆ | ひとくちメモ |
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丹後や但馬へ向かう道は、重荷高浜町を通る丹後街道の吉坂峠(高浜町六路谷)を越えて丹波国へ入る.舞鶴や綾部方面では大飯郡へ入る道を若狭街道と呼んでおり、北桑田郡でも同様の呼び名が付けられている.
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