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高 浜 町

車持
Kuramochi


く ら も ち


車持は、高浜町和田青戸の入江南側山地に面した大飯町からの最初の集落で、丹後街道といわれた。
鎌倉期から戦国期に見られる荘園の一部である車持区では、下車持・上車持に分かれている。明治22年、和田、馬居寺・上車持・下車持の4ヶ所が合併している。
下車持地区が参拝する神社は、大飯町と高浜町の境、高森神社で、通称、香山神社と呼ばれる。祭神・天香山神・猿田彦・蛭子・哥氏主で、海に冠する神々の神社である。
その地名は古く、各地に散見され、一部は上古の車持部の約化(役職)で、天皇又は公卿等上流階級の輿輦(こしぐるま)を管掌した部民の地名だと思われる。
字地名には上車持は、神子谷・宮ノ谷等34ヶ所、下車持は、稲木場・里・粧女子等45ヶ所。


車持集落


ひとくちメモ
神に仕え、天皇に捧げる食べ物を御贄(みにえ)という。奈良の都の跡から発掘された木簡には、若狭から送られた御贄の荷札が多くある他、1300年以上も前に三方郡からタイの煮ものを送った木簡も、飛鳥の都の跡から発掘されている。すなわち、現在の高浜町の車持郷や木津郷、青里や青郷から、海の幸やその加工品などが御贄として送られていることが明らかとなっている。






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