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高 浜 町

馬居寺
Magoji


ま ご じ


高浜町馬居寺区及び、和田・上車持・下車持の4ヵ村は、昭和30年まで一つの村であった.
山の谷間にあり、車持区よりも西側に位置する集落である.
この地は、古い神社、古墳、赤土が採取される所が残っている。馬は、神様の使者又は神の乗り物でもあり、絵馬にも描かれている.中世戦国期になると、各地の武将たちが戦い、車持や馬居寺も合戦の場となった.大飯町佐分利郷にある石山城の武藤氏、高浜町城山の逸見氏など、戦乱の世であった.
馬居寺は、名の無い墓や石仏たちが多く残されている場所でもある。
馬居寺は谷が深く、馬を追い込み集めた場所で、それが地名となったのかもしれない.またそこには馬居寺が存在し、三面一木と呼ばれる木造馬頭観音が祀られている.
室町期の文安6年(1449年)5月2日に、大飯町和田庄馬居山西光寺の僧14名が、京都府東寺修造科として、計2貫文を捧加している。この西光寺は、現在の馬居寺の前身と考えられている.(『京都東寺百合文書』)


馬頭観世音菩薩堂


ひとくちメモ
高浜町馬居寺には、平安後期の馬頭観音像があり、推古天皇の時代、聖徳太子がこの地を観音の霊地であるとして堂塔を建てたのが縁起とされている.本尊は平安時代後期の作といわれる木造観音坐像で国の重要文化財の指定を受けている.また、本堂の横には鎌倉期以降に造られたといわれる百体の石仏が並んでいる.






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