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| 高 浜 町 |
高浜町内浦地区、難波江地区は、関西電力へ向かう国道27号を北へ向かって車で5分のところに見える.青葉山山麓の小さな集落である.海岸の近くに三畳紀時代(2億2500年前)の地層が見える.この海岸は新第3紀の地層に被われ、多くの貝類化石が採取される.
小黒飯の手前であるので、小黒飯の人々は、稲作を難波江に行って作付けし、刈り入れた. |
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難波江地区は、内ノ浦・音海(おとみ)・山中・神ノ浦への分かれ道であり、古代は塩を作り、運ぶ道でもあった。海岸近くには古墳も見られ、古代民族が住んでいたと思われる.
岬の陰の隠れた入江であるので、隠江(なばえ)の意が由来するかもしれない.また、大阪府にも難波地名があり、難波の海、難波の小江と呼ぶ。小野小町の和歌にも「なには江」と詠われている. |
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| 字は、谷が多いせいか、谷地名が多く、砂入り、刀称利など、83ヶ所ある.またなぜか風呂谷が書かれている.
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| 難波江集落の入り江 |
| ◆ | ひとくちメモ |
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これまで奈良で発掘された若狭の木簡の中では、「調塩(ちょうえん)」の荷札が最も多く出土しており、同時に、大掛かりな塩づくりの遺跡の数も奈良時代になって急速に増加している.これらのことから、若狭からは調として塩を多く納めなければならなかったことがうかがえる.
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