| 「なたしょうむら」。小浜市の南に位置し、京都府と滋賀県に隣接するこの村は、もうその優美な名前の音の響きからして都の風が感じられてくる。 |
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| 昔、大陸から若狭小浜に上陸した文化が、京や奈良に送られたときにも、逆に都の文化が若狭小浜に行くときにも、この村を通っていったのである。都からほど近く、ほど遠い、というこの地は、仁安3年(1153年)に名田庄荘園として開発されて以来、争奪戦が絶えなかったという。名田の庄(めいでんのしょう)とも言われたほど良い米が獲れた地だった、ということと関係があるのだろう。が、京の公卿・土御門家の荘園になって以来、朝廷や幕府の庇護のもと、穏やかな里になった。 |
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| 土御門家というのは、平安時代、朝廷に仕えた陰陽家阿部清明の子孫の家柄。清明は天文や暦などの知識をもって占いをよくし、特に村上・花山両天皇からの信任厚かった人。おそらくその信の厚きにより、子々孫々に至るまで庇護を受けることになったものと思われるが、特に応仁の乱による京都の乱れ以降、土御門家は若狭のこの地に住みつくことになった。当然、都の言葉や生活習慣、文化もこの地に根付いていったわけである。名田庄に行くと家の佇まいなどに、「あぁ、都風だな」と思わせるものが今もある。長い都人との生活の中で伝わったものかもしれない。今も特筆できる星空の美しさもまた、陰陽道の大家が住んだ地であることを納得させる。 |
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| 満天の星空のもと、言い伝えや伝説にじっと耳を傾けていると、豊かな心もちになっていく、そんな里である。 |
| 西本 梛枝
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