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小 浜 市

飯盛
Hansei


は ん せ い


小浜市西部、加斗(かど)地区飯盛川流域の飯盛は、北は小浜湾に面し、南の飯盛山(いいもりやま)の麓から、法海(のりかい)、黒駒(くろこま)、海岸に近い平野部にある荒木(あらき)の三集落から成る。
中世、飯盛と加斗の地域は、加斗庄という荘園であったが、本所方と半済方に分けられ、飯盛は、半済方に属したことから、「はんせい」と呼ぶ地名のなったのではないかといわれている。
この地区には、飯盛と書く地名・山・寺があるが、地区名は「はんせい」で、山は「いいもりやま」といい、寺は「はんじょうじ」と読むようになっているが、その訳は分からない。
標高585mの飯盛山は、仏供碗に盛りあげた御飯のようなところから名付けられたといわれ、山頂に立てば、若狭湾をはじめとする四方の見晴らしが素晴らしい。若狭の漁師たちは、この飯盛山と青葉山、多田ヶ岳を結んで、船の位置を確認したと伝えられ、この三つの山を若狭三山と呼ぶ人もいる。
飯盛山北川の山裾にある飯盛寺は、養老年間の草創と伝える古刹で、国の重要文化財の指定を受けている室町時代の建造物、本堂が有名である。
荒木区には、縄文後期の集落遺跡があり、この地の海には、蒼島(あおしま)があって、暖地性植物群落の島として、国の天然記念物に指定されている。


飯盛寺


ひとくちメモ
「若狭めのう細工」は享保年間玉屋喜兵衛がめのうの焼入れ技術を開発したことにより広まったと伝えられている。また、美術工芸品としての彫刻技術は明治に入って中川清助により創始された。焼入れにより、美しく発色させた硬い原石を金剛砂を使って削り、丹念に磨き上げていくと、透きとおった繊細な光沢に包まれる。






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