| 「切戸」の地名が残る小浜市塩竈(しおがま)区は、明治7年の町制改革により、旧町名「魚屋町」「安良町」「北本町」の105戸が改編されたところである。「魚屋町」から海へ出る小路は「切戸」と呼ばれ、jR小浜線が開通するまでは、敦賀〜小浜〜和田(高浜)〜舞鶴間の定期航路の発着場「切戸の桟橋」からの利用客や、荷揚げした海産物が行き交う小浜への入り口であった。 |
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| 現在は小浜駅前通りを抜けると広い海岸通りになっているが、昔は家並みの際までが海岸であった。江戸時代、小浜藩主は海への出入りを制限したため、各町から海へ出る通りには木戸が設けられ、その数は25あったという。浜に捨て石を敷き矢来(竹などを組んだ囲い)を設けた所もあった中で、唯一「切戸」には木戸がなく海への出入りができたため、この名が付いたといわれている。 |
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| 狂言に「昆布売」という話がある。北野神社の御手洗祭りに一人で出かけた大名が、自分の太刀持ちにと、通りがかった若狭の昆布売に声を掛けたものの、逆に昆布を売らされてしまうという話だが、この昆布屋が、「魚屋町」にかつて存在した昆布屋「天目屋」だとされている。 |
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| 店の隣で行き交う人を見ていたであろう「豈歳稲荷」の傍らに立ち、通りの家並みに目をやると、今もなお、かすかに残る往時の風景を楽しむことができる。 |