「若狭」という地名は朝鮮語の「ワカソ=往き来」からきた名前ではないかという説がある。“説”ではあるが、非常に説得力のある説だと思う。 古代、西域からの文化は日本海を通って、日本に上陸してきた。若狭はその文化の上陸地の一つ、それも重要な地であった。奈良をシルクロードの終着駅と考えるなら、若狭小浜は海のシルクロードの終着駅、日本の玄関だったのである。様々な文化を迎え、また送り出す中心的役割をした港であった。 |
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| 小浜の遠敷で毎年3月2日に行われる「お水送り」は、3月12日深夜に厳修される奈良東大寺二月堂修二会の中の大切な儀式の一つ「お水取り」に先立って行われるものだが、その行を始めたのが実忠という僧侶。インドから来て、小浜の神願寺(今の神宮寺)にいて、後、東大寺の良弁の弟子になったそうである。このことからも分かるように、文化は、当然人と共に往来したのである。 |
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| つまり、小浜は大陸と日本を結び、そして、若狭と奈良を結んで人や文化の往来の拠点だったわけである。そのことを考えると、小浜に残る地名の中には大陸との何がしかの関係があるものもあろうと思えてくる。 |
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| もう一つは北前船である。北海道と大阪との往き来の中で、寄港地であった小浜は北海道や東北の文化の影響も受けている。アイヌ語が語源ではないかという地名が点在するのも、北前船の活躍を思えば、納得できる。 |
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| そんなことを考えていると、小浜は地名のロマンを分かり易く語ってくれそうな魅惑の町に思えてくるのである |
| 西本 梛枝
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