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小 浜 市

下根来
Shimonegori


しもねごり


遠敷川上流、通称「遠敷谷」と呼ばれる山間部の細長い谷間のほぼ中間に位置し、林業を兼ねた農村で、下流から上流に向かって「白石」「高野」「下根来」の3集落が点在している。
中世の古文書には、「下ねこり」という記録がある事から「しもねごり」という呼び方になったのではないか、どうして「根来」という字になったか、はっきりしない。朝鮮語の「ネ・コーリ」(あなたの古里の意)という言葉から来ているという説もある。
「白石」集落のかかりには、、遠敷川の渓流に「鵜の瀬」(うのせ)というせせらぎがあり、ここで、毎年3月2日に奈良東大寺二月堂への、「お水送り」の神事が行われる。ここから、少し上流の白石橋を渡ると、「若狭彦神」「若狭姫神」が降臨された場所と伝えられ、若狭一宮の元宮「白石神社」がある。この神社の境内は、ヤブツバキの群生林があり、花期には濃紅で森を彩る景観は素晴らしい。
この「下根来」から遠敷川を上ると「上根木」区があり、県境「針畑峠」を越えると滋賀県朽木村に通じている。戦国時代徳川家康など戦国武将も通った街道であった。近世には、若狭から京都への最短距離として頻繁に利用され、若狭で取れた鯖が京に着く頃には適当な味に仕上がるので、若狭の一塩ものとして珍重されたという。今日「鯖街道」といわれる道のひとつである。


鵜の瀬


ひとくちメモ
「お水取り」は、平安時代編纂の東大寺の寺誌『東大寺要録』によると、「二月堂は実忠和尚が創建し、天平勝宝4年(752年)に初めて修二会が行われた。その行法の中で実忠和尚は諸国の神々を勧請したが、その中で、若狭の遠敷明神だけは猟漁に興じて、集二階の終わり近くにやってきた。しかし行法に感激し、二月堂に閼伽水(あかすい)を献じようと告げ黒白2羽の鵜とともに香水が湧き出した。」と記されている。






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