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小 浜 市

釣姫
Tsurube


つ る べ


小浜市の東北部に位置する田烏(たがらす)の小字、「釣姫」は湾に面した静かな山峡の集落である。古くは「汲部」とも「釣部」とも記されている。この地の開発は早く、傾(かたぼこ)製塩遺跡(5〜11世紀)があることでも知られている。鎌倉期には回船業も盛んで北条得宗家が地頭をしていたとも記されている。
海に突き出した明神崎は松籟の響きと洞穴が美しい。この突端に釣姫明神の小さい祠がある。里人の話では、源頼政(平安後期)の娘、二条院讃岐が配流の身を悲しんで見を投じた場所といわれ、「往生クリ」「姥ぐり」の名も残されている。
また、村中には釣姫の墓石があり讃岐の墓ともいわれているが、刻字は白鳳9年とあるから、これには当たらない。子文書によると「異船漂着あり、乗船の婦人が上陸し、つれつれの慰みに釣りを楽しんでいたが亡くなったので浦人が哀れに思い釣姫明神としてお祀りした」ともある。異説もあるが浦の名はこれに従ったのではなかろうか。
今は田烏から釣姫までトンネルが開通して便利になったが、古道も捨て難く、歴史と伝説の息づく里である。


釣姫神社
「我が袖は潮干に見えぬ沖の石の人こそ知らね乾く間もなし」
二条院讃岐が詠んだ沖の石を望む明神崎で、
田烏の海を静かに見守る釣姫神社       






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