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小 浜 市

雲浜
Unpin


う ん ぴ ん


雲浜という地名は、小浜築城以前には、河口地区は下竹原という漁村であった。砂浜に干した網が遠くから眺めると、あたかも蜘蛛が巣を張ったように見えたので、「くもの浜」だといい、それが「雲の浜」に変わり、「の」を略し音読みで「うんぴん」と呼ばれるようになった。また、江戸時代の古書によると、現在「広嶺神社」の境内にある「天満神社」は、古くから「雲月宮(くもつきのみや)」と呼ばれ、この場所を「雲の浜」と記されているところから「雲浜」の名が起こったのではないかといわれている。
関が原の合戦後、京極高次が河、海に囲まれたこの地に城に築き始め、武州川越から移封された酒井忠勝公が小浜城を完成させた。この城は雲浜城ともいわれ、幕末まで酒井家の居城として存続したが、明治のはじめに焼失し、石垣のみを残した。現在、その城跡には、酒井忠勝公をまつる「小浜神社」がある。5月2、3日の例祭の「お城祭り」には、忠勝公が川越から連れてきたといわれる獅子舞「雲浜獅子」が奉納される。
酒井忠勝公は、城の完成と共に、城下の整備を図り、この雲浜地区には武家屋敷を配置した。国文学者伴信友、勤皇の志士梅田(源次郎)雲浜の生誕地もこの地にある。また、小浜藩学問所「順造館」もこの地区、大手橋南詰に設けられたが、その後身として現在は、「雲浜小学校」が城跡の西、海岸沿いにある。


小浜城本丸跡


ひとくちメモ
古くから伝わる伝統芸能「雲浜獅子」。関東風の立ち姿の獅子は、武州川越(埼玉)から初代小浜藩主酒井忠勝公が連れてきたもの。笛の音に合わせ、3匹の獅子が勇壮華麗に舞う。






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