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小 浜 市

山田
Yamada


や ま だ


小浜市加茂に小北という小字がある。さらに「山田」といわれる地籍に数件の集落がある。その裏(北)側の山麓に古墳群がある。県指定加茂古墳2基があり、地元では「づがな」(塚穴の意であろう)と呼んでいる。ここは「若狭の石舞台」とも呼ばれており、地元では見られない巨岩、巨石で築かれている。「わかさ小浜の文化財」に拠ると、古墳時代2期(6世紀後半から7世紀初頭)ものと考えられるとある。素人が見ても明らかに盗掘の跡がある。
現在、羨道から玄室まで容易に入ることができる。千数百年の今日でも、いささかの歪みも見られない。昔は、このあたりを「つかわら」(塚の群の事)と呼んでいた。現在、加茂古墳群といわれる一帯である。「わかさ宮川の歴史」(大森宏氏)によると、破壊されたものも含めて31基が確認されるそうである。
この地に、いつの時代からか人が住むようになった先住豪族の墳墓の地に住むのを恐れたのか、伊勢皇大神宮に行き「お払い」を受け、「神宮の砂」を持ち帰り、少量の「砂」を各戸の神棚に祀り、さらに各戸の戸外に「祠」を設けお祀りした。現在も祀られている。正確な「祠」の呼びかたを里人は知らない。「だいじんぐう」と呼ぶ人もあるが、「大上郷(だいじょうごう)」(地の神)の事であろう。
人々は、伊勢の国、宇治山田から「砂」を持ち帰り、宇治山田の神の住む神聖な地名も持ち帰った。それが「山田」の地名の由来だといわれている。
(加茂の伝承より)


加茂古墳
地元ではづがな(塚穴)と呼ばれている






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