| 京都府の境、堀越峠は標高600mを越え、昔は狼が出没するという奥深いそして急峻な坂道であったが、日本海に水揚げされた海産物が州山を経て京都に向かう道で、若狭三街道のひとつ「周山街道」として商人などの往来が多かった。周山の先の栗尾峠には「若狭屋」という茶店がありにぎわったという。この峠に「送り狼と権佐」という伝説がある。 |
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| 『高浜の商人伊藤嘉助は、年に一度、若狭の鯛を宮中に献上するという大役を担っていたが、毎年、高浜を発って納田終(のたおい)上の宮に着くと、必ず、鯛を善積川上神社に一夜預け、夜明けを待って出立したという。それは、堀越峠を夜中に通れば必ず狼に襲われ、大切な魚を奪われるためであった。 |
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| ところが高浜の魚商権佐は、夜通し坂を越えて京に向かったという。この権佐もそれまで幾度となく狼に襲われ、魚を奪われて逃げ帰ることを繰り返していたのだが、狼は塩のきいた魚ばかりを食べるらしいと気付き、潮を多量に含ませた握り飯を作り、狼が出たらその握り飯を与えることにした。すると狼は、握り飯を食べるだけで魚を奪おうとせず、権佐が峠を越えるところまで送ってきては引き返していったという。 |
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| 村人はこの人を「送り狼の権佐さん」と呼び、夜中に峠を越える急用に迫られた時は、いつも権佐がくるのを待って道連れを乞い、狼との出合いを体験しながらも無事に峠を越えたと伝えられている。』 |