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若狭町(上中)

一里塚
Ichiriduka


いちりづか


江戸時代、全国の主要街道に、距離の目印として一里(約4km)ごとに街道の両側に土まんじゅうのような形の塚が築かれたが、現存しているものは極めて少ない。北陸道にはいくつかの跡は見つけられるが、若狭の街道筋にはほとんど残されていないようである。
若狭街道(九里半街道)の上中町井の口に「一里塚」という地名がある。以前は畑地に利用されていて老松が二本あったが、道路改良工事で伐採されてしまった。現在は耕土を除去して「JA若狭」の農業倉庫が建てられている。
一里塚煮は榎が植えられるのが通例だが、ここ三宅地区は「三宅松」と呼ばれる良材の松の産地であるので、意図的に松を植えたかもしれない。若狭街道は西国巡礼街道なので、白装束の遍路さんや旅の人がこの木の陰で旅の疲れを癒したに違いない。


塚跡
この場所に塚があったと言われている。    
当時の風景を想像するのも楽しいものである。






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