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若狭町(上中)

無悪
Sakanashi


さ か な し


若狭路といわずとも、県下を通じてこのような難読地名は他にないであろう。
無悪を返り点で送って呼んで、「悪、無」で「さかなし」と読む。古文書には「悪無」と書かれることがある。
この集落の安楽寺境内に文人で公卿であった小野篁(おのたかむら)の墓がある。彼は承和元年(834年)、遣唐副使に任じられながら大使と争って渡航しなかったため、隠岐へ一時流罪となり、その帰国途中に暴風で流され、小浜市田烏浦に漂着した。そこから山越えしてこの地に至り、3年間逗留した。その後、里人たちが遣徳を慕い供養したといわれ、現在は上中町指定文化財になっている。
時の帝、嵯峨天皇が在位していなかったら、流罪にならずに済んだであろうとの思いで、帝の名をはばかって「悪」の字を当てたと言い伝えられる。
「さかなし」は「悪、無」と読んだのでなく、三方町田上へ通じる田上坂の麓の集落なので、坂の足元という意味で「さかあし」から転化したともいわれる。
そんなこじつけ的な解釈よりもこの集落には、小野篁の守り本尊であったといわれる、聖観世音菩薩があるので、その後利益で悪い人とは誰もいない、善人ばかりが住んでいる集落で、悪がないという説明のほうが現代的で説得力があるかもしれない。


小野篁の墓
安楽寺には墓の念持仏である一木彫りの聖観世音菩薩像が祀られている。


ひとくちメモ
上中町無悪にある曹洞宗の寺である安楽寺(あんらくじ)は、寺伝によると若狭に流れ着いた小野篁が一宇を建立したのが始まりとされている。寺に安置されている木造聖観音菩薩像は国指定の重要文化財である。






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