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| 若狭町(上中) |
| 中世は安賀里村であったが、近世には有田村に属した。有田村は西有田、下タ中村は、東有田と呼ばれた。タ中村は、通称として古くからあったが、行政的には明治17年(1884年)に有田村より分離したものである。 |
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| 中世には、霊谷山福乗(城)寺と呼ばれる、8ヶ村に末寺をもつ真言密教寺院があったが、織田信長によって焼かれ、廃寺となった。そのため、50数戸の集落であるが寺院はなく、菩提寺は4ヶ寺に分かれている。 |
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| 地名の由緒は定かではないが、古記録によると、有田村には赤穂野・須上・安賀里山・下タ中等の通称地名があり、その下タ中周辺を含めて下タ中と呼ばれたという。 |
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| また、読み方としては、「したたなか」ではなく、「したなか」と読む。古くは、「タ」を小さく書き、「しもなか」と読むのを避けるために送り仮名的に「夕」をつけて表記していたのが、現在では「タ」を大きく表記するようになり、現行の下タ中となったといわれる。 |
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| 国道27号線の下タ中交差点 |
| ◆ | ひとくちメモ |
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上中町では、雨乞いに遠く伊勢の多度神社まで行くことになっていた。行きの道は何度休憩してもよいが、帰り道は休むと雨がそこに降るというので、一気に若狭まで帰らねばならず、そこで、道程のちょうど半ばにあたる近江の多賀神社まで出迎えて、そこで護符を引き継ぎ、リレー式に村に持ち帰ったという。
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