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| 若狭町(上中) |
| 遠敷郡と三方郡の境、倉見峠の麓にある上中町の集落で、野の末にあるので末野と呼んだと解釈したいところではあるが、そうではなく、かつては陶野・須恵野とも書かれていた。 |
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| この里は良質の粘土が産出され、奈良時代〜平安時代初期にかけての須恵器窯跡群が多数発見されている。谷間の山裾の土地から窯跡17基確認されている。生産された須恵器は、若狭湾の沿岸部で出土されており、近郊周辺に供給されたといわれている。糸切り底がないのが特長である。ちなみに、この集落の西側山麓に養老2年の開創といわれる式内社、須部神社があり、蛭子命・大国主命と共に製陶の祖紙として陶津見(耳)命を祀っている。古来、当社は特殊な信仰があり、県内はもとより、中京・阪神地区などからの参拝者が相次ぐ。 |
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『神祗志科』には、「日く旧名須部野、三方郡境に接する地なり文安6年(1449年)醍醐三宝院所領目録は若狭国須恵野を収む。」とある。
また、江戸期の国学者、伴信友(1773〜1846年)の故郷百首にこのような歌がある。 “夕雲雀 思ひあがり(安賀里)の山を越えて 春のすゑの(末野)に 声ぞ落ちくる” |
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| 近年、末野焼と称して製陶の復興が見られ、末野創作館を工房にして陶芸愛好者による創作活動も展開されている。 |
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| 須部神社石搭 |
| ◆ | ひとくちメモ |
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上中町陶野にあり、恵比寿神社とも呼ばれている須部神社(すべじんじゃ)は、陶器の改組・陶津耳大神と蛭子大神を祀り、地元では「若狭ゑびす」として知られる。また、商業、漁業、子供の守り神としても広く信仰されている。この辺りは古くから陶芸が盛んで、付近には多くの古窯跡が散在する。
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