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若狭町(三方)

塩坂越
Shakushi


し ゃ く し


常神半島の付け根のところに、軒が重なるようにして家屋が密集した18戸の集落がある。塩坂越と書いて「しゃくし」と読むとは、難読もいいところである。現在の交通はトンネルができて便利になったが、大正10年までは、集落背後の海抜120mの山を、長さ700mの峠道で越えなければならなかった。塩坂越は、おそらく塩を背負って坂道を越えたことから付けられたものだろう。読み方は、長年の間に「しおさかごえ」から「しゃくし」に訛ったものではないだろうか。
古老の話では、塩坂越集落は隣の小川集落や世久見集落などから移り住んだのが始まりとのことで、現在は18戸であるが、全盛期は40戸余りあったようである。産業は、古くから漁業が主であったが、昭和32年頃から民宿経営が取り入れられた。
前方に若狭湾が開け、小さいが美しい砂浜、きれいな水、岩と松、水平線に沈む夕日などは素晴らしい。
この集落は文化8年(1811年)5月1日、大火に見舞われた。若者がワカメ取りに海に出かけている昼間に出火し、密集した家屋は瞬く間に灰と化した。残った建物は、僅かに大谷家の土蔵とお寺だけだったといわれる。以来、住民の防火意識は高く、民宿がお客を受け入れるようになった今まで、1度も火を出していない。


塩坂越旧トンネル現在の塩坂越トンネル
西浦各港で水揚げされた魚介類も 
このトンネルを抜けて出荷される。


ひとくちメモ
かつては「陸の孤島」といわれるほど困難な峠を越えなければならなかった道も、現在の「塩坂越旧トンネル」が大正時代に開通したことにより便利になった。更に、平成4年には規模の大きいトンネルが完成した。
また、塩坂越に程近い海山集落には、三方五湖遊覧の拠点として「三方町観光船レイククルーズ」発着場がある。






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