| 常神は、県道が開通する昭和44年まで、陸の孤島で、秘境であった。風光明媚な自然、入り江が深く天然の良港を形成して漁獲に恵まれている。集落背後の山は北風を防ぎ、雪も殆ど積もらない温暖な所であるため、古くから人が住みついたと思われる痕跡が多い。現在ある42戸の内、旧家西本家の先祖が常神に住み始めたのが舒明天皇の飛鳥時代とされている。もっと以前から人が住み始めた証として、集落内の井戸掘工事で弥生式石斧が出土したり、氏神の常神社境内拡張工事でも弥生式土器が出土している。 |
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| 常神社は『延喜式神名帳』に載る一類の神社で、縁起には「舒明天皇2年(629年)2月、御神島(おんがみじま)に降臨し給い、常にここに居まして異賊の凶害を救い給う」とある。常神社は当初岬の向かいの御神島にあったが、不便なため集落の方へ移したとされている。 |
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| この他、神や朝廷に関わる記述が多く、『日本書紀』の神功(じんぐう)神功皇后の条に、皇后が熊襲(くまそ)征伐へ向かう時、角鹿(敦賀)を発ち、渟田門(ぬたのと)に至り、船の上で食事をされたとある。この渟田門とは常神にある海峡のことをいい、このとき船の傍らには鯛が沢山集まってきたので皇后が鯛に酒を与えると、鯛は酔ったのかまどろんで眠ったように浮かんできた。以来、鯛は6月になると浮き上がってきてよく獲れるという。「まどろ鯛伝説」が今に伝えられ、裏付けるように常神社は神功皇后を祀っている。 |
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| 常神という地名は、このような神にまつわる伝説が多い当地に、必然的に生まれたものではないだろうか。 |