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| 美 浜 町 |
御岳山(549m)の北西山麓に位置し、来たに天王山(330m)がある。 地名の由来については次のような話が伝えられている。 |
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| 『霊亀2年(716)5月、この地にめでたい雲がたなびき、光を発した。旭が岳のふもとに清らかな泉があったが、この泥の中から青いハスが生え、花の中から毘沙門天の像が出てきた。よってこの地を「祥(さい)の気」と称した。』 |
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| 後世「サイノキ」が転じて「サイガキ」になり、さらに略して「サガキ」になったといわれている。ちなみに、集落の東の丘陵地には青蓮寺(しょうれんじ)という寺があり、本尊は毘沙門天である。 |
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| 佐柿は、標高60mの椿峠を挟んで坂尻集落と隣接する交通の要所であったため、国吉城という山城があった。国吉城は、永禄年間(1558〜1569)に、若狭守護武田氏の家臣粟屋勝久が古城を手直しして築城した。永禄6年(1563)から数年間、越前朝倉義景がこの城を攻めたが落城せず、「粟屋勝久の国吉籠城」と高く評価された。元亀元年(1570)の織田信長の越前攻めの折りには、粟屋勝久は熊川城に信長を出迎え、信長はこの国吉城を越前攻め本陣とした。 |
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| 丹後街道 |
| 丹後街道を挟むように町並みが続く。 |
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