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敦 賀 市
御名
Gomyo


ご み ょ う


敦賀市は、三方を山に囲まれ一方は海に面している。三方の山からは川が流れ、海に注いでいる。狭い扇状地を川が駆け抜ける時、土地は豊かになるが、時には川は氾濫し、人々に失望と落胆を与える。現在の敦賀市は先人たちの治水の努力が実り、河口付近から山地へ向け市街地が広がっている。
その昔、市の中心部は暴れる川により人々が住めず、耕地にも適さず、葦が生い茂る不毛の土地だったという。このため、人々は比較的土地の高い山際に集落を結成し、生産基盤(もっぱら農業であるが)を安全性の高い土地に求めた。だから、敦賀の古墳の位置、神社の位置を地図に落としてみると、山際にきれいに並ぶ。
御名の地も、市街地を見下ろす位置にある。この豊かで安定した土地は古くは荘園であった。荘園の主は、平安時代の武将であり、藤原鎌足の遠孫に当たる藤原利仁将軍といわれる。「御名」の「御」は、この荘園が利仁将軍の直属の名田であることを意味し、「名」は「棒給の田」の意味である。「将軍直属の棒給の田」ということから、この地名がついたと思われる。
御名の小字の春日野は、利仁将軍の館跡と語り伝えられ、2尺ほどの石の仏像が、今もその歴史を私たちに語りかける。
さらに当地区には二つの古墳があり、刃剣の破片、金冠、銀冠などが出土し、古墳の構造、規模からしても、当地が古くから権勢ある名主の治めるところであったことがわかる。
また、御名の日吉神社には「お宮の杉」と呼ばれる巨木がある。幹の周囲は約9メートルもあり、昭和6年に落雷したが、今なお権勢は衰えず、天然記念物として市の文化財に指定されている。


御名の標識
高台の閑静な住宅地としても
開発が進んでいる。     






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