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敦 賀 市

櫛川
Kushikawa


く し か わ


櫛川は、名勝気比の松原の西端にある川、井ノ口川の河口付近の地名をいう。冬は寒風吹きすさぶ荒波の日本海、しかし干満の差はそう高くない。この気象条件により、日本海側ではよく砂州が発達し、その砂州によって内陸部に潟湖(せきこ)ができる地形が多い。
井ノ口川は、この潟湖から海への排水口の役目を果たしてきた。そして、その河口に位置する櫛川は、まさに字のごとく、小さな川が櫛のように流れている状況を表す地名である。
この地区の氏神である別宮(べつぐう)神社は、気比神宮の別宮(わかつみや)ともいわれ、奉物の女神像(神功皇后)の木彫にも櫛川の銘文がある。また、古くから太平記の南北朝時代に、後醍醐天皇の勅書を伝えるため、漁夫に扮して冬の敦賀湾を泳いで対岸の金ヶ崎城へわたった荒武者がいたが、その出発地点がこの櫛川であったという。この頃の文献にも櫛川の地名が見られる。


井の口川


ひとくちメモ
1864年、武田耕雲斎が率いる水戸天狗党は、尊皇攘夷を唱えて挙兵。朝廷に志を訴えようと京都へ上る途中、敦賀で捕らえられた。翌年幕府により、来迎寺(松原)で353人が斬首された。道路を挟む松原神社境内には、一行が監禁されたニシン蔵が記念館として残っている。






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