| 今から1200年ほど前(延暦年間)に、この村に八幡大神の神霊が現れたという。村人たちはすぐさま注連縄を張りめぐらせて聖域を設け、大神に神酒を捧げた。この注連縄を張った地に社を建て、大神を祀り、八幡神社として末永く信仰の対象としたのである。 |
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| 八幡神社の御祭神は応神天皇である。縄間の次の集落は常宮(じょうぐう)であるが、常宮には応神天皇の父母にあたる仲哀天皇と神功皇后が祀られている常宮神社がある。古事記に記されていることだが、神功皇后は、朝鮮遠征から帰った後、応神天皇を産む。 |
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| 縄間から常宮にかけては、敦賀湾の西浦海岸地区をさらに入りこんだ海浜地帯である。ここは、遥か遠い古事記の世界が息づく浜辺が続く。 |
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| また、縄間には敦賀港が東洋の波止場とうたわれた頃の名残を示す建物が残る。旧獣類検疫所である。正式名称は、「旧農商務省獣類検疫所神戸支所敦賀出張所」。朝鮮牛の移入を始めたのが大正5年。85年以上の歳月を経てもなお、気丈な老人のごとく、海を見据えてしっかりと建っている。大正ロマンを感じさせるこの建物の内部は、白漆喰で仕上げられており、髭を生やしサーベルを下げた時のお役人が、今にも現れてきそうな雰囲気である。縄間の浜に今も残る小さな桟橋から、牛たちは歩かされ、道の下の小さなトンネルを抜け、この検疫所に入った。以前は、この検疫所の後ろには牛舎が何棟も並んでいたが、今ではこの検疫所のみが、役目を終え、静かに余生を送っている。 |
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| 北側の山を背にした当地区は、冬の日本海特有の北西季節風の影響も受けず、一年中波静かな海辺である。 |