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| 敦 賀 市 |
| 「敦」には中国春秋時代(BC770〜BC402年)の青銅器という意味がある。祭祀のためにキビ・アワ・コメ等を盛る容器すなわち神器である。また「賀」は、浦賀や横須賀と同様に、港や津を表す言葉である。つまり「敦賀」とは、神器の港町、という気品高く、おごそかな港町という意味になる。 |
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敦賀は過去においてどのように表現されたのであろうか。都留我(『和名抄』)、角鹿(『日本書紀』)、都奴賀(『古事記』)、津ヌ我、津ノ処、等々さまざまに表現されたが、音的には「つぬが・つのが」の音をもつ地名である。
和銅元年(713年)に、畿内の郡・評・郷の名は好字2文字にて表すようにとの勅(天皇の命令)が発せられ、ツヌガ・ツノガが敦賀に改められた。しかし、2文字にて表すと、地名起源から別の意味あるいは、かなりかけ離れた意味の文字を使用せざるを得なくなる場合もあり、現在の地名からその起源を探ろうとした場合、少々混乱を生じる。 |
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| 和銅6年にツヌガが敦賀になり、その後50年ぐらい経った後に、敦賀は「つるが」と発音された。つまり「敦」は「とん」であるが、当時の漢字読みの音では、「敦」は「ツゥン(TUN)、ヅゥン(DUN)」と発音する。「ツゥンガ・ヅゥンガ」が「ツルガ」になったのは、口伝が伝達手段のほとんどの時代に転訛したものと考えられる。 |
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| 気比の松原 |
| ◆ | ひとくちメモ |
古くから港町として栄えてきた敦賀には、その繁栄を物語る史跡・文化財が数多く受け継がれている。 白砂青松の「気比の松原」は、赤松・黒松約17,000本が生い茂る国の名勝地。三保の松原(静岡県清水市)・虹の松原(佐賀県唐津市)と並ぶ日本三大松原の一つで、一夜にして出来たという伝説が残る。
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